艶やかで美しい和室をどれだけ見た事がありますか?
今回は目黒の坂の下にあるホテル雅叙園東京の“百段階段”をレポート。昭和初期に建築された木造建築は、その地形から99段にも及ぶ階段で構成されています。階段で縦に繋がれた7つの部屋は“昭和の竜宮城”。鏑木清方などの著名な日本画家が描いた肉筆画が部屋を埋め尽くすその装飾美は圧巻の一言です。侘び寂びの世界とは全く異なる、艶やかな和の装飾美をご紹介します。

ホテル雅叙園東京の百段階段

階段の天井板に描かれた四季の花々を描いた扇絵
階段の天井板に描かれた四季の花々を描いた扇絵
蓮の絵 蓮は仏教において仏の聖性を象徴し、泥の中でも清らかさを失わないとして尊ばれた
蓮の絵 蓮は仏教において仏の聖性を象徴し、泥の中でも清らかさを失わないとして尊ばれた


“百段階段”。それは、ホテル雅叙園東京の前身である目黒雅叙園3号館のこと。1935年(昭和10年)に建てられたこの建物は、ホテルに現存する唯一の木造建築です。99段もの欅板の長い階段があり、艶やかで贅を尽くした装飾性の高い和室、7部屋を繋いでいます。そこには建築当時の著名な日本画家たちが競うように筆を取った色鮮やかで流麗な筆致の肉筆画が並びます。襖、天井、欄間にと部屋を埋め尽くすように描かれた花鳥風月、縁起物でもある鳳凰や鶴、富士など。また、装飾豊かな組子障子や太く貴重な木材の床柱、趣向を凝らした格天井など、そのバリエーションも驚くほど豊かです。現在の和風建築では再現が難しい、贅を尽くした材と意匠の数々。侘び寂びの世界とは全く異なる艶やかな和の装飾美は、茶室文化とは異なるもうひとつの日本の空間デザインの原点と言えます。

鏑木清方の扇絵・扇面画

「清方の間」の天井の扇面デザイン
「清方の間」の天井の扇面デザイン
鏑木清方による四季風俗美人画
鏑木清方による四季風俗美人画


襖の文様としても昔から愛されている“扇絵”(扇面画)。この百段階段には様々な扇絵が天井や欄間などに数多くあります。

中でも「清方の間」には驚かされました。ここは美人画で有名な鏑木清方が描いた部屋。網代の天井の中に大きな扇に象られた杉柾板を配し、四季草花が描かれています。そして二間それぞれの欄間にも四季風俗美人画が清方の筆で描かれています。

風を感じる四季の花の襖絵

「星光の間」奥の間の襖絵と欄間絵
「星光の間」奥の間の襖絵と欄間絵
天井と欄間
天井と欄間
次の間の床の間 床柱は槙出節
次の間の床の間 床柱は槙出節
奥の間の天袋
奥の間の天袋


「星光の間」の襖や欄間、天井には板倉星光の四季草花が描かれています。そして床の間の床柱には北山杉天然絞丸太と槇出節が使われ、さりげなく贅を尽くしています。一見、他の部屋に比べると静かな印象ですが、砂子の加飾が施され、四季折々の植物が風に揺られ、まるでその草花がそこに存在しているかのような新鮮さを見るものに伝えます。

縁起物の文様が美しい窓装飾や組子障子

格子窓の隅に施された文様、松の隅板
格子窓の隅に施された文様、松の隅板
隅板 蝙蝠(コウモリ)
隅板 蝙蝠(コウモリ)
上:閉めると松皮菱文様が浮かび上がる組子 下:変わり麻の葉の組子
上:閉めると松皮菱文様が浮かび上がる組子 下:変わり麻の葉の組子
下:組子 升つなぎ
下:組子 升つなぎ


百段階段でもうひとつ特筆すべきは、装飾的な木製格子窓と組子障子のバリエーションです。その多くに縁起が良いとされる吉祥文様がアレンジされています。
格子窓に付けられた隅板とは、格子組を補強するために格子の交わる角に取り付けられた三角形の力板のこと。そこにも様々な吉祥モチーフが施されています。例えば「松」は厳寒に耐える常緑樹で、竹や梅とともに「最寒三友」とも呼ばれる吉祥モチーフです。また、蝙蝠(コウモリ)は、不吉なイメージを持つ方もいるでしょうが、実は中国では幸運を招くとされている画題。蝠の字が幸福の福と同じ音であることがその理由となっています。
組子障子にも伝統的な吉祥文様が施されています。「松皮菱」の組子障子は、閉めると重なる菱の模様が浮かび上がるようにデザインされており、その下の「変わり麻の葉」の麻の葉文様は健やかな成長と魔除の意味があります。「升つなぎ」は升形を組み合わせた文様で、無病息災や子孫繁栄の願いが込められています。「ますます」繁栄につながるとも言われているそうです。他にも様々な縁起の良い文様が建具のあちこちで見る事ができます。

桃の節句とつるし雛

鶴が舞う朱色の打掛とねずみの嫁入り
鶴が舞う朱色の打掛とねずみの嫁入り
お雛様の飾り
お雛様の飾り
「頂上の間」に飾られたつるし雛
「頂上の間」に飾られたつるし雛
窓辺に並んだつるし飾り
窓辺に並んだつるし飾り


今回、百段階段を訪れたのは3月初旬。その時開催されていた「初春の文化財見学 百段階段の百の縁起もの」展では、美しい打掛や桃の節句のお雛様やつるし雛が展示、装飾されていました。特に最上階の「頂上の間」に飾られた江戸崎つるしびなの会のつるし飾りは、華やかさと可愛らしさがいっぱいで見事でした。
着物やつるし雛に見られる華やかな色使いと美しい文様と装飾は、侘び寂びとは一味違ったもうひとつの日本の伝統美です。

現在、インテリアや建築では、和風デザインといえばシンプルでミニマルなデザインを思い浮かべる事が多くありますが、安土桃山時代の婆娑羅(バサラ)なデザインや歌舞伎の舞台装飾、日光東照宮の極彩色の木彫など、江戸時代の絢爛豪華な空間装飾も伝統的な日本のデザインです。この百段階段には他にも目を奪われる極彩色の部屋があります。純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられた「漁樵の間」は、あまりの迫力に正直、度肝を抜かれます。これでもかと過剰なまでに重ねられた装飾の嵐。中世のイタリアン・ゴシックの日本版のような迫力です。格天井には菊池華秋原図の四季草花図、欄間には尾竹竹坡原図の五節句が浮彫されています。
目黒の地に残る、ここ百段階段には、艶やかな時代の息吹が香る日本の美があります。